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心の変身術〜チェコ人形劇の知恵
[2006.11.03] [「児童演劇」原稿]
自分の出身小学校でこどもたちのために専門を生かした授業をする、
という日本のテレビ番組収録のために、懐かしい札幌の母校を訪ねた。
かつて暴れまわった教室や廊下を見たら感動して泣いてしまうのではないか、
とひそかに期待したのだが、あいにく新校舎建築のために
全面取り壊し作業の真っ最中、生徒たちはプレハブで授業を受けていた。
ただ、当時の体育館だけはそのままで、番組の多くの部分もスペースの都合から
そこで収録することになった。
出演は、ひとことで言うと「めちゃめちゃたいへんな仕事」だった。
ぼくは人形劇づくりを職業としているし、日本では中学、高校、
チェコでも大学で教師をしてきた。
だから、こどもたちに劇づくりの面白さや苦労を伝える作業を
それほどむずかしいとは考えていなかった。
最終日に感極まって号泣した講師や、
スタッフとの打ち合わせが百時間を越えた某有名作家、
収録の休憩時間に「ちくしょう、こんなはずじゃなかった」なんて
校庭の隅でいじけたアーティストなどの噂を耳にしても、
何をおおげさな、ぐらいに受け止めていたのだ。
では何がそんなにたいへんだったのか?
それはこどもたちに伝えるべきテーマが「人形劇の楽しさ」や
「演じるむずかしさ」といったわかりやすい直球ではなく、
沢則行が十四年かけて学んだチェコ人形劇の「知恵」を、
現代の日本に生きるこどもたちに生きる力、ヒントとして手渡そう、という
深くてメタな変化球だったことによる。
それではチェコ人形劇の知恵とは何か?
以下は昨年の五月号からの抜粋。
「…十八世紀から十九世紀にかけて強大なオーストリア・ハンガリー帝国の支配を
受けていた時代には、都市部や公的な場ではドイツ語の使用が強制された。
しかし人形劇や田舎廻りのドサ芝居ではチェコ語が認められており、
旅芸人たちは当時プラハで流行っていた話題、ファッションや政治について
面白おかしく芝居仕立てにして、地方の民衆に披露していた、と云われる。
結果としてそれがチェコ語を守る、ひいてはチェコ人としての
アイデンティティーを守ることに結びついた…
長い歴史の中で何度も大きな国に蹂躙され、支配され続けたチェコ。
しかしそのたびに人々は劇場に集い、自分たちの境遇を笑い、
為政者が掲げるスローガンを笑い、『真実』と呼ばれるものの多面性に
気づいてきたのではないだろうか…」
誤解されるのを覚悟の上でかなり乱暴な言い方をすると、
こうしなければならない、あるいはこうでなければ生きてゆけない、という
狭さく状況に人間が陥ったとき、いやあ、こっちでもいいんじゃない?とか、
別な道でも生きて行けるよ、といったある種の「逃げ道」を見つける
命がけのユーモアとサヴァイヴァル技術こそ、演劇、人形劇を通しての
チェコ人の「知恵」と言えるものだと思う。
それは自分の立場や視点を硬直させずに、できるだけ心を柔らかく保つ、
一本しか見えない正解への川筋のそばで、別の運河を掘り始める、という作業でもある。

収録日、一日目の授業では、まず自分の小作品のいくつかをこどもたちに観てもらった。
ぼくには、魚のからだが分解したり反転したりすることで仮面や蝶に変わる、
傘が変形して生き物になる、といったヘンテコな芝居がいくつかある。
それらのサンプル上演の後、座布団大のスポンジや百円ショップの傘をこどもたちに渡し、
ちょっと見方を変えるだけでそれらが別なものに変身する、
そんなプロセスを見つけてほしい、という課題を出した。
たとえばうまく歩けない四角なスポンジが、半分にちぎれることで二枚の翼になって
空高く舞い上がる、とか、雨よけの傘を元気良く開くと美しい花火になっている、とか、
ようするに物体に対する視点の切り替え、簡単な工作によるあっと驚く変形、
といったテーマだ。結果として、こどもたちは大人がとても思いつけないような、
実に奇抜な「変身」をいくつも見せてくれた。
この報告、来月号に続きます。
2006.11.03 / 18:35
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