沢則行のチェコ便り 子どもたち編その1

[2006.09.01] [チェコの文化紹介]

先日、課外授業の放送があったので
「沢則行のチェコ便り」(児童演劇掲載)の中から、
関連した内容のものを3本ご紹介していきます。

最近の仕事から**2005年12月号より**

スペインは、移動も含めて十二日間の全旅程で九ステージという密度だった。
ぼくは基本的にひとりか、アシスタントと二人で旅公演に出る。
飛行機や列車の手配はもちろん、劇場での照明や音響の仕込みも
現地のスタッフとコミュニケイトしながら自分でやる(だからきちんとした舞台技術家が
二人も三人もアテンドしてくれる日本ツアーが一番贅沢だ)。
地球上のほとんどの国では日本語もチェコ語も通じない。
ただ、英語が話せるスタッフはたいていどこにでもいて、今まで困ったことはなかった。
今回も首都マドリッドでは問題なかったのだが、カタルーニャの地方都市で劇場スタッフ、
関係者が全員スペイン語かフランス語しか話せない、という状況に陥ったときに頭を抱えた。
はるか昔に勉強してボンクラ頭のどこかに圧縮されているフランス語を、
毎日ファイル検索、解凍しながら生き延びた。

ツアー中は常に(たとえ眠っていても)一種独特な緊張感を保ち続けるのだが、
これを日本語で具体的に説明するのがむずかしい。一定期間、見知らぬ森の中で
過ごす狩人みたいな感じ? おそらく島国で血族的な歴史を守ってきた民族には
存在しない語彙が必要なのだと思う。その緊張感が他者とのコミュニケイトを
支える基盤になっている。そんなとき、ああヨーロッパの文化は融合や和解ではなく、
競合あるいは対決が基本なのだ、と再認識する。個人が液体ではなく固体なのだ。

今回のツアーでは、一歳から三歳、あるいは四歳という年齢層の観客に
一人芝居を観てもらったことが、今までにない大きな経験だった。

小さな子どもたちに「魅せる」ためのポイントを、のた打ち回りながら、
少しは学ぶことができた気がする。今までもとにかく全力、死ぬ気で演じて来たのだが、
子どもたちのためにはそれを超えるパワーと、ただガムシャラなだけではない、
わかりやすい落ち着いた表現、理解を促す「間」をきちんと取る、
そしてその静止状態に耐えられる筋力と集中力などが演技の必要最低条件になることを知った。
それはすでに、生命を上演のたびに燃焼する技術だ。

これを読んでくださっている方々には「当たり前じゃないか」と云われそうな内容で、
とても恥ずかしくて自慢にはならないが、ま、大人向けで売れている劇団の方々よ、
いっぺんでいいから三歳児がノリノリになる五十分作品を作って上演してみたら良い。
スゴク大変だから。

スペインでとても感心したことのひとつに劇場と学校の繋がり方があった。
エルチェという街で演劇教室公演をしたときに、引率してきた先生たちはもちろんだが、
劇場スタッフも多くが教員免許を持っていて、「演劇」という科目でしばしば教壇に
立っていること、またその両者がいっしょに組織している「演劇教育アソシエイション」は
県の文化省、そして市の教育委員会ときちんと結びついていること、
さらに、ぼくの上演後も何日間かは、学校に帰った子どもたちが「日本の文化」をテーマに
授業を受けること、などなど…劇場と学校の距離が近い、というか両者がある部分で
混ざってしまっている、という印象を受けた。これはスペイン全土で見られる傾向らしい。

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「スペイン・ツアー、エルチェの劇場監督と」

ツアーから戻って、友人の人形作家に招かれ、彼が定期的に自分のアトリエで開いている
「チェコの伝統マリオネットづくり」のワークショップでゲスト講師を務めた。
彼はぼくがDAMUの学生だったときの最初の先生で、大学を辞めてからも木工玩具製作、
人形劇プロデュースと第一線で活躍している。ワークショップの人気も高く、
今回もカナダ、スコットランド、イスラエル、キューバとなかなか多彩。

その他、大学二年生、三年生の授業、また、日本人の女子学生がマスタ(修士課程)の卒業作品を
制作していて、指導教官になっている。
京都から個人的に人形劇を学びに来ているパワフルな女性もおり、乞われて演出を担当。
さらに米映画のための人形制作、一月に東京飯田橋で予定している個展の人形づくりなどなど…。
プラハを拠点にいろいろな国で仕事をしていると「世界」をふと感じる瞬間がある。
実際には手元の仕事でいっぱいいっぱい、業界の変化や状況にも疎いダメ芸人なのだが、
ここで働くことができて面白いなあ、としばしば思う。

つづく

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沢則行のチェコ便り 2005.4月号

[2006.07.18] [チェコの文化紹介]

チェコ共和国の首都プラハから東に約三百キロ、工業都市オストラヴァにある公立人形劇場、
ディヴァドロ・ロウテク・オストラヴァで、昨年から今年にかけて子ども向けの新作を仕込んだ。

赤ずきん、三匹のこぶた、七匹の子ヤギ、それに日本の昔話オオカミのまつげ、
というオムニバスで、チェコ語の題名は
「チティジィ・ポハートキィ・ス・ヴルキィ・ザ・ヴラートキィ」。
語尾の「ィ」で韻を踏む唄遊びのような音感で、
直訳すると「垣根の裏のオオカミと四つの昔話」ほどの意味。

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オストラヴァのメンバーと

日本語の何々劇場、あるいは何々座、にあたるチェコ語は
ディヴァドロ(Divadlo)で、英語ではシアター(Theatre)だと思うのだが、
一般的にこの単語は「劇場」を意味すると同時に「劇団」を意味する。

舞台や楽屋はもちろんのこと、工房やプロデューサーの事務所、カフェや展示用ギャラリー、
そして何よりそこで働く役者やスタッフを伴った総合施設としての劇場、
またそこで生産される舞台作品を指す。

プラハのミノル劇場をはじめ、フラデツ・クラーロヴェー市の劇団ドラック、
リベレツ市のナイヴニー劇場、また今回のロウテク・オストラヴァなど、
チェコの主要な自治体には必ず公立の人形劇場があり、
各々がプロとしてそれぞれの地域の学校公演(とは云っても、劇団が学校に行くのではなく、
先生と生徒が劇場に来る)をはじめ、国内・国外へのツアーを展開している。

オストラヴァを例にとると、劇団員は総勢五十三名、そのうち役者は十九名。
今回ぼくが脚本・演出・美術を担当した最年少向けの作品から、
中学・高校生向けのシェイクスピアまで、常時稼動している演目が十二から十三本。
平日は朝八時半と十時半の二回公演。県内のこどもたちが、
演目に合わせて観劇授業として来場し、約二百席のキャパシティはいっぱいになる。
土曜日、日曜日も家族向けに上演することが多い。
ぼくが驚いたのは、その週末の一般公演も毎回満席になる、という状況だった。

話がそれてしまうが、ぼくは日本やヨーロッパで大型テーマパークを訪れると、
案内係のおにいさんやおねえさんたちの笑顔が気になる。
彼らが一生懸命に微笑めば微笑むほど、提供されているメインのヴァーチャルが
冷たく見えてしまう。たぶん、ロボトロニクスやCGで作られた、
すでに人間不在の演目に「人らしさ」や「ぬくもり」を残そうとする努力に無理を
感じるためだと思う。

チェコの地方人形劇場でも、照明や音響などの舞台設備のほか、
プロデュースやマーケティングなど、もちろんコンピュータなしでは仕事にならないが、
それらはすべて本番の舞台、つまり観客に提供される商品のいちばん核になる
「生(ライヴ)」を支える道具に過ぎない。皆さん良くご存知のように、
舞台というものは、その日の観客の反応と役者のがんばりで毎回内容が変わる
一回限りのもので、そこには、見て、聞いて、嗅いで、
きっと触れられる「人間」と、その人間が手作りの痕跡を残した「人形」がいる。

そして地域の家族たちは、週末になるとちょっとオシャレをして劇場にやって来るのだ。
芝居を観て、笑って、泣いて、終演後、友だちとロビーでお茶して帰ってゆく。
そんな風景を見て、幸せな文化だなあ、と思う。

さて、こういったチェコの公立人形劇場はいったいどのぐらいの予算で
運営されているのだろうか?自治体の大きさによって多少のちがいはあるが、
劇場年間予算として公的に与えられる資金が日本円で約四千万円から五千万円、
そのほか劇団独自の国外ツアーや投資など、さまざまな独立した収入が一千万円から二千万円ある。EUにも加盟し、経済発展いちじるしいチェコなので、いちがいには比較できないが、
生活感覚としては現在、日本の物価の三分の一ぐらい、と云われている。
つまり日本でメンバー五十人ぐらいの人形劇団が、一億五千万円から二億円ぐらいの
年間予算で活動している、という状況だろうか。

また、劇場の補修費用や改装費用は別予算で与えられ、メンバーは公務員に準ずる
社会保障を受けられる。と、こう書くとかなり楽しげな運営と思われるかもしれないが、
近年、政府の教育・文化事業への助成カットが加速しており、
プロデューサーたちは危機感をつのらせているのが現状だ。

でも、しかし、やっぱり、である。青少年のための演劇・人形劇に対する国民と政府の意識は、
他国と比較してもかなり高いのではないだろうか。
これは歴史がそう云っている。

つづく

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沢則行のチェコ便りはじまります。

[2006.07.18] [チェコの文化紹介]

沢のチェコでの活動やチェコ文化についてのカテゴリがあってもいいなってことで、

まずは日本児童演劇協会発行「児童演劇」に連載している「沢則行のチェコ便り」を
ちょっとずつ公開していこうと思います。

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