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オストラヴァというチェコ北方
[2003.10.18] [sawa 近況報告]
この話は長いぞ、みんな、すまんな。
オストラヴァというチェコ北方の工業都市のそばにある小さな街、フリーデック・ミーステック。以前にぼくのマネージャーだったベルガモくんがアレンジしたツアーのひとつ。95年〜98年ごろ、彼のプロデュースでチェコとスロバキアのありとあらゆる街でドサまわり倒した時期があって、その中のひとつ。ドサ、なんて書くと日本なら叱られるかもしれないけど、まあ、フリーデックの友だちは笑って許してくれると思う。キャリーの付いたスーツケースひとつと馬鹿でかいショルダーバッグひとつで、バスや列車を乗り継いでひとりで1週間とか2週間ツアーをしてた頃。バス停に迎えに来てくれた現地のプロデューサー(たいてい若いパンク野郎か謎のお茶屋オーナーなんだな、これが)に連れて行かれたのは、こっちによくある集合団地の物置小屋みたいな場所。その小さなドアから中に入れ、と云う。あ、パンクなネオナチにリンチされるんでしょうか、アタシ・・・と思いながらも扉を開けたら、見下ろすこと数十メートルの深い階段。底は光が届かなくて見えない。な、なんだ、こりゃ!? 荷物をプロデューサーが抱えてくれてステップを降り始める。数分かかって最下部に付くと突き当たりに潜水艦のような鋼鉄製の分厚い気密ドア。大きなリングを廻して開けると、その先にさらに地階への階段(!!)。そう、そこは社会主義崩壊直前に西側からの核攻撃に備えてソ連からの指示で作られた核の防空壕。全体は居住区、集会区、学校区など、いくつかのレベルに分割されているらしいが、なにしろ地下建造物なので全体像が実感としてつかめない。俯瞰できないからね。
ぼくの上演はその集会地区にあるクラブで予定されていたのだが、到着してまず参ったのは舞台のタッパ(床面からの高さのことですね)。何しろ限られた地下の深さを有効に使うために天井がめちゃ低いんですな。客席で3メートル、舞台上は2メートル半ぐらいしかない。しかも吊りこんである照明がディスコ用のスパイラルのみ(音楽にあわせてグルグル回るヤツですね)。「森」という渋めの芝居なんだけど、照明機材が廻るわ廻るわ、色もベロベロ変わっちゃって、ぼくの日本風の衣装やサムライの人形ともあいまって、いんちきキャバレーショーみたいなんだな、全体が。アタリ(照明の方向)だけはお願いだから固定しておいてね、って頼んでるのに、舞台上で足踏みをドンッ!とするたびに音にシンクロしてアカリがグルリン!とオレンジからむらさきに変色する、廻った機材が人形やぼくの頭にぶちあたる。で、仕込みはわけがわからない有り様でございました。
でも、ぼくはツアー中、本番でメチャメチャになったことがない。自慢でもなんでもないよ、これ。その日も本番はバッチリ。お客さまもプロデューサーもとても喜んでくれました(ぱちぱち)。ただ、その防空壕クラブ、その翌年にチェコ東部を襲った大洪水(今回、プラハに来たのとは別)でまるごと沈んじゃった、という話。ベルガモはアーティストに払いの良いヤツで、先方から振り込まれる前にぼくにちゃんとギャラを渡してくれたんだけど、彼自身がフリーデックから振り込みを受ける前にクラブは水没消滅したらしい。かわいそうなジャーマネ。
こういう話、山ほどあるぞ。
スロバキアのディスコで上演前の舞台掃除したらコンドーム踏んずけた、とか有名な小劇場なのに照明が1発も用意されてなくて、ロウソク100本買って来い!ってブチ切れたら、200本買ってきてホントにそのアカリだけで演じて美しいけど熱かったとか、ま、いろいろね。でもどこでもお客さんは喜んでくれたなあ。何回もカーテンコールがあったよ、いつも。
夜9時ごろ上演、その土地に1泊して、翌朝に列車で次の上演地へ移動、仕込んでまた夜上演、ていうのをひとりでずいぶん演った。それが今の自分の基礎、だな。はあ、おしまい。な、長かったべ?

その頃のツアーで、スロバキアのプロデューサーと
2003.10.18 / 19:13
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